高市総理は土俵に上がらない判断をするか?──大相撲「女人禁制」と代理表彰の整理
日本初の女性総理、大相撲、土俵、そして「女人禁制」。
2026年の初場所は、横綱・大関陣がしっかりした強さを見せて盛り上がっています。
僕は、昨年から続く新大関・安青錦(あおにしき)の活躍に期待していて、
優勝候補にも挙げてます^^。
しかも、土俵の内だけじゃなく、
土俵の外の動でも興味深い動きがあって、
まさに今回の初場所は見所満載の場所で楽しませて貰ってます。
土俵の外の話題とは、
優勝力士に贈られる”総理大臣杯”の授与。
高市早苗総理大臣が、
女人禁制の土俵に上がって授与するのか否か?
この記事は、このサイトの運営者である土屋明が、
大相撲初場所と高市早苗総理大臣に関するモヤモヤをまとめます。
この記事を読んでわかること
- 高市総理が土俵に上がるかどうか注目されている理由
- 総理大臣が土俵で表彰することは本当に慣例なのか
- 内閣総理大臣杯の表彰は代理で渡しても問題ないのか
- 大相撲の「女人禁制」について
高市早苗総理大臣の高い支持率と相撲人気

僕も興味があるのですが・・・、
日本で最初の女性総理大臣・高市早苗首相が
土俵に“上がるのかどうか”が話題になっていますね。
相撲は、毎場所ごとにニュースになる国民的な行事ですが、
新大関・安青錦(あおにしき)の活躍と上位陣の検討で、
今場所は特に盛り上がっています。
個人的には、”総理大臣杯の授与”と、”女人禁制の土俵”という相反する問題を、
高市総理がどう判断し、授賞式でどう振舞うつもりなのか興味津々です。
正直に言うと、過去に土俵に足を組入れた総理大臣たちには、
”自身の人気取り”や”相撲を政治的に利用する”といった
マイナスの感情を感じていました。
しかし、高い支持率を誇っている高市総理が
報道で「土俵に上がらない方向」だと伝えられている・・・
人気があるんだから、
敢えて”女人禁制”の問題に触れなくてもいいよね。
って考えるのは僕だけでしょうか?
過去の総理大臣と土俵の慣例──「高市総理は土俵に上がって内閣総理大臣杯を渡すか」

ここで、一段落ち着いて考えてみます。
「総理大臣は、内閣総理大臣杯を渡すために土俵に上がるものなのか?」
この疑問は、今回のニュースを読んだ多くの人が、最初に抱いたものだと思います。
実際には、総理大臣が必ず俵に土上がらなければならない、という決まりはありません。
戦後の大相撲の歴史を見ても、総理が直接土俵で優勝杯を手渡した例はありますが、
それが常に行われてきた「絶対的な慣例」というわけではないんです。
外遊中や国会日程の都合などで、
総理本人が会場に来られないケースもこれまで何度もありました。
そうした場合には、官房副長官や関係閣僚などが「代理」として土俵に上がり、
内閣総理大臣杯を授与しています。
つまり、
「総理が土俵に上がらない=異例」「逃げた」と論じられる習慣は在りません。
この点を押さえておくと、
今回報じられている「土俵に上がらない方向」という話も、
慣例の延長線上にある一つの選択肢として解釈できます。

「女性だから余計に注目されてる気がして……
“上がらない”ってだけで、注目されすぎてませんか?」
内閣総理大臣杯は代理で渡せるのか──高市総理大臣の判断は?

「内閣総理大臣杯って、代理で渡していいものなの?」
この点が気になる人は多いはずです。
実際、これまでも、内閣総理大臣杯は代理によって授与されることがあったので、今回に限った特別対応と言われることはないでしょう。
内閣総理大臣杯は、その名の通り「内閣総理大臣名」で授与される賞ですが、
必ず総理本人が手渡さなければならない、という制度上の決まりはありません。
実際、過去の大相撲では、
官房副長官、関係大臣、首相補佐官などが代理として土俵に上がり、
内閣総理大臣杯を手渡してきました。
この運用は、相撲協会側とも調整された上で行われています。
ここで大事なのは、
「代理=格下げ」ではないという点です。
授与される賞の価値が下がるわけでも、
総理が相撲を軽視している、という意味合いでもありません。
むしろ、
「総理本人が前面に出るかどうか」と
「国として正式に賞を授与するかどうか」は、
切り分けて考える問題だと僕は感じています。

森川まみ:
「“代理”って聞くと、なんとなく急ごしらえとか、
本当は来たくなかったのかな…って思っちゃいます」
今回「女人禁制」はどう扱われるのか──大相撲の伝統

ここで、今回の話題からどうしても切り離せないテーマに触れます。
それが、大相撲における「女人禁制」です。
まず最初に、
女人禁制は法律や規則で定められた制度ではないという点です。
相撲協会は、あくまで「長年続いてきた伝統・慣習」、つまり、しきたりであると説明しています。
土俵は、相撲において単なる競技スペースではなく、
神事としての意味合いを持つ「儀式の場」と考えられてきました。
その中で、「土俵には男性力士が上がる」という形が、
結果として女人禁制という慣習として受け継がれてきたのです。
しかし、過去には、土俵上で倒れた男性を助けるために、救急救命士の女性が土俵上で行った救命措置に対して”女人禁制”を持ち出した関係者も居て、
「命が最優先ではないのか」「伝統の線引きはどこにあるのか」という議論になりました。
相撲協会も、
「非常時・緊急時には例外を認める」という考え方を示しています。
つまり、女人禁制は絶対に揺るがない不変のルールというより、
社会の価値観との間で調整され続けている慣習だと見ることができます。
今回の件では、
「女人禁制をどう変えるか」ではなく、
「現時点で、その前提をどう扱う判断がなされるか」が問われています。
僕は”女性が土俵に上がる”ことについて、
”しばらくの間”はどちらの判断でも良いと思っています。
だって、初めての女性総理大臣なんだから・・・
数百年続く”土俵のしきたり”と”現代のあるべき論”。
僕自身は、この問題に今すぐ結論を出さなくてもいい、
そう感じました。
高市総理が仮に土俵に上がらない選択をした場合、
それは女人禁制を「是」とした、という単純な解釈ではなく、
相撲側が長年守ってきたしきたりを、
政治が尊重したと理解してあげればいいと思うよ。

「伝統って言われると、
どこまで疑問に思っていいのか、ちょっと迷います…」
僕も、その戸惑いは無理に決めなくていいと感じました。
まとめ

ここまで、
高市総理が土俵に上がるか否かという問いを、
「慣例」「代理表彰」「女人禁制」という3つの視点から考察してきました。
初の女性総理誕生という歴史的転換点と、連綿と続く相撲文化の「女人禁制」。
現時点では、誰一人として最終的な結論を出せてはいません。
総理自らが土俵に上がらないことも、代理の者が内閣総理大臣杯を授与することも、いずれも前例があることです。
おそらく、今場所も代理の者が土俵に上がることになるのでしょう。
しかし、一連の推移を見つめる中で僕が強く感じたのは、女性のしなやかな「強さ」でした。
おそらく、言葉にできないほどのやり場のない憤りを抱えていることでしょう。
それでも、白黒つけることなく、柔和な微笑みを湛えながら淡々と公務を果たす姿。
この記事で、「何が正しいか」を断じるつもりはありません。
僕が、社会がまだ答えを見出せていない大きな問いを追いかけた結果、
女性のしなやかな「強さ」を痛感することになったというお話でした^^
FAQ(よくある疑問)
ここでは、今回のニュースを読んで多くの人が引っかかりやすい点を、
評価や結論をしないで、事実関係だけでまとめます。
「何が正しいのか」はここでは決めません。
Q1. 総理大臣は、必ず土俵で内閣総理大臣杯を渡さなければならないのですか?
いいえ、そのような決まりはありません。
総理大臣が直接土俵に上がって授与する例はありますが、
公務日程や事情により、代理が務めるケースもこれまで繰り返し行われています。
Q2. 内閣総理大臣杯を代理が渡すと、価値が下がるのですか?
価値が下がると公式に扱われたことはありません。
内閣総理大臣杯は「内閣総理大臣名」で授与される賞であり、
誰が手渡すかと、賞の位置づけは切り分けて考えられています。
Q3. 女人禁制は法律で決まっているのですか?
いいえ。女人禁制は法律や条例ではなく、
相撲の長い歴史の中で形成されてきた「伝統・慣習」とされています。
日本相撲協会も、公式にはそのように説明しています。
Q4. 今回の件は、女人禁制を肯定したことになるのでしょうか?
そう単純には言えません。
仮に土俵に上がらない判断がなされた場合でも、
それは「女人禁制の是非」を決めたというより、
現時点の前提をどう扱うかという運用上の判断と読む余地があります。
出典元・一次情報
この記事は、以下の一次情報・公式資料をもとに構成しています。
事実関係の確認や、より詳しい背景を知りたい方は、原文もあわせてご覧ください。
- 共同通信(Yahooニュース配信)
高市首相、土俵での表彰を見送り 「女人禁制」の相撲の伝統を尊重
- FNNプライムオンライン
高市首相 大相撲初場所で土俵上での表彰見送りへ
- 日本相撲協会 公式サイト(理事長談話・2018年)
土俵上の女性について(理事長談話)
- nippon.com(背景解説)
女性首相誕生で再燃「土俵の女人禁制」論争
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